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申し込んだその場で組み合わせの抽選も行われ、引き続き、出場希望者たちへのルールや何やの説明があって。トーナメント方式なんで一度でも負ければそれで終しまいだってところへ、ついつい固唾を呑んじゃった。毎年々々同じルールだってのにね。これまでは単なる大会…っていうか、お祭り気分でかかる健全な試合でしかなかったからだろな。そりゃ、そういう形の試合でも負けたらそれなり悔しいけど、今回のは悔しいってだけじゃない、ド偉い運びになっちゃうんだから、気を引き締めないとってついつい肩に力が入りもする。
「…サンジさんも、ウソップさんも出てくれるの?」
此処には来てないけれど“代理”でって二人分のくじを引いたナミさんが、あたしの掛けた声へにっこりと笑って見せて、
「当ったり前でしょ? あれであの二人だって結構 頼りにはなんのよ?」
何ならあたしも出たいとこだけど、なんて。そんなことまで言い出す豪傑で、え〜? それは無理な話だってば。
「いくら綺麗な人が相手だって、この大会に出てくる男衆たちは えこひいきはしないわよ?」
そんな腑抜けたことをしたならば、女たちから軽蔑される。自警団が活躍していた頃から、この界隈の島々は女が経済を回してるからね。男たちが留守にした後を、機はたを織ったり畑を世話したり、商売に励んだり…そうそう、上等なお酒を醸造するのもね、この島では女の仕事だ。そうやって頑張って支えて来たから、今の繁栄があるって誰もが知ってる。だから、どことも知れないとこから来て好き勝手をやってた連中に牛耳られるのは腹が立つってもんでね。…って、あの〜?
「あらヤダvv “綺麗な人”が相手でも えこひいきしないだなんてvv」
こらこら、ナミさん。人の話、聞いてる? まんざらでもないってお顔で“いやぁねぇっ”て人の肩を叩いたお姉さんの向こうからは、
「そんなに旨い酒があるのか? この島って。」
オイオイ、ゾロさん。そっちかい、あんたの関心は。
◇
例年よりもちょっとだけ参加者が多かったせいで、全部を発表するのに手間取ったらしい“組み合わせ表”が大急ぎで大きな紙に書き上げられて。ウラナリ坊っちゃんトコへの助っ人たちに目印をつけながら書き写したメモを手に、あたしたちは丘の上の鍛冶場工房のある家へと立ち帰った。
「…まあまあの組み合わせだな。」
お兄ちゃんは、敵味方が真っ向から立ち合う組が少ないのへホッとしてた。でも、
「??? なんで?」
味方同士が戦わなきゃなんないなんて、悲しいことじゃないのよ。きっとあのタヌキ親父が、そうなるようにって風にインチキを仕組んだんだわ。ふぬぬっと鼻息も荒く怒ってて、握り拳さえ作りかねないあたしへ、
「…あのな、。」
それくらい判れとばかり、ちょぉっと溜息つかれてしまったけれど。それでも気を取り直すと説明してくれて。
「味方同士があたったなら、どっちかが諦めて“不戦勝”って形にして戦うことなく先へ進めるだろうが。」
「………あ。」
本来だったらそんな不謹慎な事をやってはいけないが、今回は状況が状況だからってことで村の皆も主催者の長老たちも重々承知なんだって。向こうだって恐らくは同じ構えで来るんだろから、文句をねじ込んでは来るまいよ…ということで。
「そうやって少しでも消耗の少ないうちに強い精鋭だけを上位へ送り込んで、一番頼りになる人間を決戦まで勝ち進ませて。一気に畳み掛けて優勝しちゃえばいい。」
そっか〜。何だ、皆、頭いいんじゃん〜vv え? 何でそこでコケるのよ、お兄ちゃたらサ。/////// なんか、先章から、あたし“お笑いキャラ”に落ち着いてない? ううう…と自己嫌悪気味に唸りかかったあたしだったけど。あれ? 何だろ、これ。ふんわり暖かくて、魅惑の香り。ゴマかな? 香辛料の匂いも芳しくって、ついつい口許から漏れそうになったあたしの唸り声も掻き消えたほど。
「いい匂いだな〜vv」
チョッパーもお鼻をヒクヒクってさせていて、二人でお廊下に出て行くと、その匂いは“こっちだよんvv”と手招きよろしく、土間になってる奥向きの方へと、あたしたちを誘いざなうじゃああ〜りませんか。こっちってことは…やっぱりさ。
「くぉら、ルフィっ。そっちはまだ仕上がってねぇんだってばよっ。勝手に手ぇつけてんじゃねぇっ!」
「だってよぉ、凄げぇ いい匂いすんだもん。」
それに俺、腹減ったしと。人差し指を咥えてるルフィがすぐ傍に並んでるのは、しゅっとした背中が、細っこいのに何故だか凄く頼もしく見える、
「サンジさん?」
確か。ウチの職人さんたちと一緒にで申し訳ないけれどと、大きな広間での晩ご飯を一緒に食べた時もね、急に割り込んだんだからって言って、配膳にかかってたこの台所に立つと、凄い美味しいお肉の佃煮を手際よく作ってくれて。甘辛の味とショウガの香りがよく染みてて、しかもご飯の温度でホロホロってほぐれるほど柔らかかったんで、ご飯がいくらでも食べられる“魔法のおかず”みたいって言ったら、ちゃんって面白い子だねぇって にっこり笑ってくれたんだよ? ………しっかと手を握ってってトコが読めない人だったけど。きっと優しい人だからなんだね。今も、なあなあっておねだりモードになってるルフィに“しょうがねぇな”って、邪険に振り切りたいような口調をしながら、でもね? かまどの下の、火室の蓋を開けると、そこに突っ込んであった…鷄の脚を4、5本掴み出して、ほれって渡したの。…こんな時間にあんな食べて大丈夫なのかな? お腹にもたれないんだろか。ほえ〜〜〜って感じ入ってると、こっちに気づいたサンジさんが“にこ〜〜〜っ”て笑ってくれて。
「お帰り、ちゃん。外は寒かったろう。」
「うん。陽が落ちると寒いんだ、今時分は。」
ここいらは秋島海域で、しかも季節は初冬だからね。収穫が終わったばかりの、丁度 寒さが増し始める頃合いで、ウチへ“修理してほしい”っていう農具が持ち込まれ始める時期でもあって。ルフィを“うわいvv”とご機嫌にして台所から出ていかせた鷄の照り焼き以外にも、鍋を火に掛けて何か煮ていたらしいサンジさんは、鍋を掻き回していたお玉を止めると、味見用の小皿にひとすくいして“どうぞvv”って差し出してくれてね。白っぽいスープはこれもショウガかな、いい匂いがしてて、ふうふうして冷ましてから飲んでみたらば、
「…うわぁあ、美味しいvv 凄ぉ〜い♪」
飲んで初めて磯の香りが仄かにしてくる。何が入ってるのかまでは、まだ見てなかったのに、海鮮ものなんだってすぐに判ったよ。貝とかエビ、イカ。そういったものの旨みがスープにたっぷり出てたもの。後でお鉢につぎ分けてもらって判ったんだけど、キャベツやニンジン、モヤシに椎茸。野菜もいっぱい入ってた、上湯シャンタン仕込みの“具だくさんの海の幸スープ”だったのvv
「凄いね、サンジさん。」
ルフィたちのお船のコックさんなんだってね? たくさん食べるルフィとか、物知りで舌も肥えてそうなロビンさんナミさんと、色んなタイプの人たちが乗ってるからか、こんな若いのにそれは手際がいいし、何よりも…温かい良いお顔してお鍋をかき回してる。幸せそうだったり、それでいてチョッパーが覗き込むと苦笑いになったりしてて、シャツの胸ポケットから…時々吸ってる煙草を出すのかと思いきや、セロファンに包まれた小さなキャンディを出してチョッパーに渡してやってるの。お母さんみたいねvv わぁいって居間の方へと戻ってくトナカイさんを見送ってると、
「嬉しいねぇ。正直に褒めてもらうのが2番目に嬉しいからね。」
サンジさんのお声がした。美味しかったって口にしたのへ、ありがとってお返事なんだろな。でも、
「2番目に?」
褒めてもらうためにだけ作ってるんじゃないんだろけど、でもね。それって甲斐っていうかサ、お給料とかとは別口の“喜び”なんじゃないの? お料理作る人の。怪訝そうに首を傾げて見せるとね、
「ああ。一番に嬉しいのは、美味しいって書いてあるお顔だからね。」
に〜っこり笑った、ちょこっと自信の滲んだお顔の、何とまあ誇らしげだったこと。サンジさんこそ、こっちが嬉しくなるような飛びっきりのいいお顔してるようvv あ・そっか。さっきの味見。また あたしが凄い馬鹿正直だもんだから、にひゃ〜って笑ったの見て、何か言う前にもすぐに判っちゃったんだ。美味しいって思ったってこと。
「そっか、素直が一番いいって事か。」
拙い何かを言うよりもホント。だから、サンジさんも嬉しいよってお返しの笑顔を見せてくれたんだね。
「そ。」
謎めいてるミステリアスな美女も捨て難いけど、とか何とか。ごにょごにょって何か呟いてたサンジさんが、
「………。」
「?? どうしたの?」
ちょこっとね。ちょこっとだけ、考え込むみたいに口を噤んでしまったもんだから、仕上げの青物、万能ネギをさっとお鍋へ足してから“あれれ?”って気遣ってくれたんだけど。
「…あたしってサ、ホントにどうしようもないお馬鹿でサ。」
隠し事が出来ないし、考え無しって言うのかな、後から“しまった”って思うよな、やり過ぎとか言い過ぎとかもしょっちゅうで。
「もしかして…今回の騒動だってサ。あたしが町で会うたびにあのウラナリ息子に悪態をついてたから、それで話がこじれたのかなって思わないじゃなかったの。」
それへの恨みも重なって、それで。ご神体が盗まれたり、物凄いお金で買い戻せなんて言われたり。話がそうまで大きくなっちゃったのかなって。そう思うとね、
「馬鹿にも限度があるよねって。怖かったりもしてね…。」
そのせいでこんな困ったことになったのかなって。思ったら止まらなくて、でも言い出せなくて。このお調子者めって、笑ってあやされると、あ・またやったんだ、あたし…って、ハッとしたりして。
「この何日かはね、本当言うと“素直”なんかじゃなかったの。」
何でこんな話をしちゃうかな。サンジさんだって困るばっかじゃないよ。でも、何か止まらなくって。
「ちゃん。」
いつの間にか俯いてたらしい。自分の足元、見下ろしてたら。ぽんぽんって温かい手で背中を叩いてくれて。
「頑張ってたんだね。」
「う…。」
でも大丈夫だからね。勿論、ちゃんのせいなんかじゃないし、お母さんもお兄さんも、馬鹿だねこの子はって笑ってくれる。誰かの顔色ばかり伺う子より、素直な良い子でいてくれなきゃ困るって言ってくれるよ? そんな優しいこと言ってくれたから、
「ふみぃ〜〜〜。」
やだやだ、どうしよ。鼻の奥がツンとして来ちゃったよう。泣きやむまで待っててくれたので、具だくさんのスープは…随分と煮込まれたところへかき玉を垂らし込んで、ご飯がほしい一品になってしまったのでありました。
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*お待たせしてます。早くとんとんと進まないもんでしょうか。
あんたが言うかい。(苦笑) |